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January 1st, 2008

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April 1st, 2007

みなさん、今日は、たまたま、April fool ですが、決して皆様を騙しているのではなく、本当に心の底から超真面目に、お話したいと思います。是非、ご高覧下さいませ。
「魂自体にも、強いものと弱いものとがある。」
2007年4月1日
                               筆者・大橋新也
はじめに 
お釈迦様は、多くのお弟子に囲まれながら、やすらかにこの世を去られた。その直前のお説法の骨子と言うのは、今日「涅槃経」の中に継承されているのだが、要は「釈迦の亡き後、どの様に生きれば良いのかと迷った時、釈迦のイメージを追うことなく、皆々、己の心に灯火を点し、決して他を拠り所とするなかれ、それでも尚混迷したときは、大自然のありのままの姿、四季折々の自然の移り変わりなどをよーく観察せよ、その中から、自ずと正しい行いの道が悟れる。怯まずに不退転の心で起居するがよい。もしも、己の心に灯火を点さずに居れば、周囲の事が終わることなく気がかりになり、尚々迷いの底に喘ぐであろう。」これによって解るとおり、「仏教では、他力本願の処世を戒めて、一途に自力本願の処世を薦めている。さらに、己の正しく中道の処世の姿を他の人々が見て、各々反省のための手本となす。これを以て自行化他の修行と言う。」従って、私は、真理に目覚めてより凡そ三十年。人間の正しい処世は、自力本願あるのみと心に決めて生きてきた。
本  文。
本日は、エイプリルフールだから、皆さんを担いているわけではない。実に真面目な話である。
さて、人間の魂のタイプには大別して二通りある。それは、天体に恒星と惑星とある様に自ずから光っている魂と、自ら光ることをせず、他から受けた光を反射させている魂とがある。即ち、前者が自力性魂で、後者が他力性魂である。と言う様に、私自身、ようやくこの七十四歳の歳になって気が付いたというわけである。
それまでは、誰に向かっても、「人間は全て、自力本願で処世せねばならない。他力は、既に、私達が生まれる前から、大自然の無償の恩恵を受けているので、いまさら他力を願っては、理に反する」と話してきた。要するに、自分でできる事は、人に頼まず、自分でやれ」と言うことだ。だが、それが通用する人と、どうしても通用しない人とが居ると言うことが解ってきた。
前者の魂の守護霊達は申し合わせた様に、「もしも、この世に出ている者が他力を当てにする様な場合は、厳しく叱るが如くに強引に指導する。」言い換えれば、守護霊はスパルタ式にこの世に出ている者を扱くのだ。
現実に、私の知人の一人だが、守護霊がめっぽう強く、厳しすぎるくらいに扱かれたと吐露していた。
なれど、後者の魂の守護霊達は、まったくその反対で、この世に出ている者が他力本願になっていても、決してそれを諌めようとはしない。一緒になって、「さあ、どうしたらよいの、誰かよい智恵を貸して・・・・・」と半ば筋金が曲がってしまっている。
私のごく最近の経験で、ようやくのんびり型の守護霊に喝を入れることが出来て、この世に出ている者に厳しく当たる様になってくれたが、それでも、実際にはまだまだ生温いので、私の方が苛立ちを覚える程だ。
言葉を変えれば、後者の魂の場合は、まるで精巧に磨かれた宝石の様なもので、それすらも、外から光を当てない限り、その存在価値が認められない。闇の中では、単なる石ころ同然である。要するに、実際は、大変素晴しいものであっても、なにがしかの光に照らされないと世に認めて貰う事は実に難しい。
 それでも、人間、若い時は、若さによる美貌で一応チヤホヤされても所詮他力本願な者は、実力が乏しく、年とともに振り向く人が居なくなってくる。もともとそう言う人は、孤独に弱い人間だから、命燃え尽きるまで自分の五体をフルに使って生き抜く事は、大変難しい。斯様なタイプの人が、実際に老いて行くと、「寝たきり老人」となるわけだ。
 しかし、宇宙を見渡しても、解る通り、恒星の数よりも惑星の数、そのまた衛星の数の方が何十倍も多い。
 なれど、よくよく考えて見よう。恒星の成り立ちは、細かいガス状の様な微粒子が段々と集まって磁場の強いものに引き付けられ、ぶつかり合って恒星に成長するのだ。そんな恒星は、自ら体内での核融合で燃えているが、だんだんと大きくなって、極端に重い星になれば、自らのバランスがとれなくなって、尚もバランスをとろうとして、周囲の惑星を飲み込み、それを補助エネルギー源として、自分を維持しようと頑張る。だが、それも限界があって、大爆発を起して、再びガス状又は電波のみを放出する星になってしまう。
 また、恒星になりそこなって、途仲で諦めたのか、それとも、状況的に縁がなかったのか、惑星になってしまった星もある。それは、我々地球人にとても縁の深い木星である。
その代わり、数多の小惑星や流星が地球を目掛けて飛来するのを、木星の巨大な引力によって、阻んでくれている。一方、かかる巨大な引力を応用して、地球発の宇宙探査船は、木星を通過の際に、大きく加速させることが出来る。これこそが、人間が大自然の無償のエネルギーを巧みに享受した偉大なる智恵と言うものだ。一口に言えば、他力と自力との調和である。
 これに似た事が海を行くヨットの加速の智恵にある。それは、ヨットそのものは、全天候型に設計されているので、いかなる悪天候の中でも沈まない。時には、二十メートルにも及ぶ高波に連続に揉まれることもある。太平洋快速横断の航法の一つで、低気圧を利用し、低気圧から次ぎの低気圧を目掛けて進み、低気圧の外側の強風を頂戴して船足を加速させると言う冒険クルーズである。
これも、他力と自力との調和そのものである。
 だが、ここでよく考えて見ると、その様な智恵と言うものの原点は、当事者自身の自力による発見が基になっている。けっして、「誰か教えて頂戴」と言って他からノウハウを教えてもらったわけではない。完全に自力本願から発した結果である。
 兎に角、話を大宇宙大まで拡げると、とどのつまり他力と自力との相互往復の循環と言う輪廻が延々と続き、質量不変の法則に従って、大宇宙のエネルギーは、全て一分の一であり、仏教的に言っても「不増不減」である。従って、大宇宙の中の種々さまざまな存在物もみなそれぞれ一分の一なのである。
 もしも、一時的に分子の方が大きくなった場合は、いつの間にか一分の一の姿に戻って行く。その様な繰り返しが、この世だと言う事が理解に達したのだ。
 言い換えれば、焦ってみても、ゆっくりと落ち着いて行ってみても、長い長い目で見てみれば、
同じと言うことになる。
 下賤な話でが、不動産会社が、景気がよかろうが、よくなかろうが、常に都市開発を踏まえて、政治力まで抱き込んで、法律の規制まで解除させ、高層建築を次々に造り、営業を続けているのは、一口に言えば「自転車操業」に他ならない。所詮世の中一分の一であるから、いつしか、清算を余儀なくさせられるわけである。「一つものをしでかし、当分の間は、それで食べて行こう」という中道のビジネスが、
どうして人間には出来ないのか、不思議である。
 きっと、人間は、地球に来る前、他の天体にいたときも、同じく、自然環境を荒らしまくって、どうしようもなくなって、この地球を発見して宇宙船に乗ってきた宇宙のギャングなのかも知れない。現在、NASAでは、火星を人間が住める様に改良すると言う計画を着々と行っている。それからしても、人間は手のつけられないコスミック・ギャングと言っても過言ではあるまい。今世紀中には、今までの海外旅行と同様に、近距離の宇宙旅行を大手の航空会社や旅行会社が実現させるであろう。
 さて、話を最初に戻す事にしよう。
他力本願に生きている魂に自力を説いてみても、先ず先ずよほどの事がない限り受け入れてもらえない。
当に馬の耳に念仏である。
 そこで、一時の救済措置として、やはり他力的な手段を考えだして、スポットライトの役を演じてあげなければならない。要するに「酒は買うべし、小言は言うべし」。言い換えれば「飴と鞭との混合手段」である。
 だが、ここで気をつけなければならないのは、その様な相手に他力のみで応ずるのではなく、どこかチャンスを見ながら、自力の大切さを説いて聴かせなければならない。それをやらずにしておけば、地上の大半の人間は、「何事も自分の所為である」と言う事を考えず、「何事も人の所為、社会の所為、学校の所為、政府の責任」として、「自分は、少しも間違っていない」と言い張る、実に自分勝手で低級な人物になってしまう。その様な人がひしめき合っているこの地上は常に不調和な社会、真面目で正直者が馬鹿を見る社会が延々と続くのである。これをかのお釈迦さんは、「末法万年」と2500年も昔に断言なされた。お釈迦さん亡き後、現実に、その様になっている。
 だからと言って、黙ってほっておく事はよろしくない。自力本願の人生を一人でも多く歩む様に、私は、塩になったつもりで、これからも、命燃え尽きるまで、頑張って行く覚悟である。「塩になる」と言う言葉は、イエスの言葉である。即ち、「塩は、結晶の状態ならば白い色をしているが、料理の味付けになった場合は、その姿を見せない。要するに、人間は、自分の存在なるものを意識せずに、吾を忘れて、人々の心の中に入って人々の糧となり味付けとなることが肝要である。決して私がやりましたなどと言う意識をもってはいけない。」 
                             
             あとがき
 話が、極微の世界から宇宙大の世界に行き来してしまったが、根本は、人間の心の正しいあり方を説明し、何事も、足を地につけ、不動心を養い、自分で考え、自力で行い、世のため人のために己を意識せずに一心不乱に日々を過ごすことを薦める気持ちで書き下ろした。少しでも、解っていただければ幸いである。
皆様の益々のご健祥をお祈り申しあげます。                       以上。

                              

March 29th, 2007

The South side of Phuket - Ao Nai Harn

In "Pink Lady Cafe" in Phuket.

- Click upon the above photos -

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Tonight an Aoken's meeting was held at Watami restaurant saloon near by Hirowo Subway Station, Tokyo.

Then, Don Sugihara talked in a familiar tone over delicious dishes and beer and special tasty sake very, very interesting story of his experiences while his long stay in Phuket. Attached, please find some photos of the meeting.

本日午後7時〜10時まで、定例のアオケン・勉強会が、地下鉄広尾駅に程近い居酒屋「和民」で行われました。本日の講師は、プーケットのドンと言う異名で呼ばれているDon Shoichi Sugiharaです。ご自身力作の資料を両面カラーコピーにして、参加者全員にお配りくださっての表芸裏芸をまじえての講義で、時の過ぎるのも忘れての賑わいでした。サバイバル思考で、事前に用意して居りました補助タンク1.8リットルも、あっと言う間に空になりました。用意した甲斐がございました。以下は、その模様のスナップショットです。

quadrantids1568@yahoo.co.jp

 

sugihara.si@wavewind.com

 


 

March 24th, 2007

Have you ever thought of man as to where man come from and go.  I'm sure that the first man on the earth was produced by a space man while his odyssey in UFO, which is operated by antigravity engines, far from his native planet to the earth where is full of water and green. I do belive in God as well as UFO.

 

Is it the gate to the Heaven or an UFO ?

 

 

  March 21st, 2007

It is the Vernal Equinox Day or "Shunbunm in Japanese"  today.

So, we will soon be able to see many, many beautiful cherry blossom every where in Japan.

And also we can see Easter Parades as well.  Especially  this  year's Easter is on April 8th

which is just same day of Buddha's Birthday Festival.

As you know, Easter Festival is on the first sunday

after the day of full moon just after March 21st.

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(This is a photo of Buddha's Birthday Festival.)

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Also today is the Birth day of

The Great Musician "Johann Sebastian Bach."

(1685-1750)


 

 
We wish you a Happy Hogmanay
and a Happy New Year, 2007.
 
May God be with you, always !
 
Best regards,

 

March 17th, 2007

This afternoon I was at "the International Boat Show, 2007 in Yokohama " and could spend a wonderfully pleasant time with my friendly skippers, sailors and yacht owners etc.

Attached, please find the photos of them, together;

 

 

 

 

Hunter Brumfield

 

Russell Coutts Talk Show

 Russell Coutts & Sake Sailor "Minoru Saito."

 

 

 

 

 

 

 

 

 

If you want to see more photos of the boat-show,
you may click upon the following URL
http://community.webshots.com/user/zodiac189
I am sure you will like them. Thank you.

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After dark we were at a Yakitori-House in Nogeyama Town near by JR's Sakuragicho Station and enjoyed there with delicious Chicken BBQs with various tasty sake till late.  Attached, please find some snap-shorts;

 

 斉藤 實が語る 『俺は38歳、ヨットを始めた時はただの趣味だった。 50歳、すべてを捨てて、仕事(油売り)をリタイア。人生って金かい?権力かい?地位かい?セックスかい?それとも、100歳になるまで生き長らえることかい?」

沈黙する桶の箍が外れた様な今の日本に穿つ、強烈な個性の一撃。

 

 

 ラッセル・クーツ[Russell Coutts]
1962年、ニュージーランド生まれ。少年時代からセーリングを始める。国際ユース選手権優勝後、1984年ロス五輪で金メダルを獲得。大型ヨットレースやマッチレースにも進出し、華々しい成績を挙げる。マッチレース世界ランキング・トップ在位連続22ヶ月は、現在でも最長記録。1995年、アメリカズカップではニュージーランドチームのスキッパー(艇長)に抜擢され、5勝0敗という圧勝でアメリカを打ち破る。2000年の同大会でカップ防衛を果たした後、スイスの「アリンギ」チームに移籍。2003年の同大会では、スイスチームのスキッパーとして優勝を飾り、挑戦2回、防衛1回の三連覇を達成した。現在、世界最高のプロセーラー。日本の瀬戸内海が大好きの様だ。

 


 

今回、横浜のボートショーに先立ち、千葉の幕張メッセでは、先月、恒例のボートショーが行われた。両者を比べると、やはり、今回の方が抜群の好評を博している。両者の会場は、共に海に接してはいるものの、横浜の方が、やる気と迫力に満ち溢れている。

しかし、その幕張会場で、二月十一日の午後、例のチャレンジ8の斉藤實のトークショーが行われていた。その時の写真を拝借して茲に添付してみた。彼の顔を見ると、横浜での写真の方が、実に明るくにこやかである。

 


 

 March 13th, 2007

This is a message to the Aoken Members from Don Aoki.

皆さん
次回のアオケンは3月29日(木)19:00より 広尾のわたみで開催致します、
昨日ここへ行きましたので予約してきました、いつものうなぎの寝床の部屋
ではなくて20人用のテーブル席を予約する事が出来ました。
Next meeting of the Aoken Members will be done on the 29th inst. at 7:00 pm till late at "Watami Restaurant" nearest by Hirowo Subway Station, Tokyo.


 March 9th, 2007

我々日本人は、英語の発音はわかっていてもスペルが解らない時があります。

その様な時に便利なのが、カタカナ英単語辞典(Japanese katakana into English word)です。 

下記のURLをクリックして、お手許でカタカナ英単語辞典をご利用ください。

http://homepage2.nifty.com/katakanaEnglish/index.htm

 

March 6th, 2007

World Yacht-Charter の Mr. Aoki から 下記の Message が 参りました。

アオケンの皆さん こんばんは
3月15日(木)〜3月18日(日)に横浜、MM21で開催される
”ジャパン・インターナショナル・ボートショー2007 横浜”
  チケットご希望の方は青木まで連絡下さい。

ヨットチャーターコンサルタント 青木事務所 
出展ブースNoB-42です、アラリシップビルダー、に間借りします。
(尾道海技学院の近くです)

期間中、青木はほとんどおりますのでお声をかけてください。

青木義一yachtcharter@kdt.biglobe.ne.jp

 


 

March lst, 2007

Having just had a chance to estimate the prices of Gennakers for a cruising yacht 26ft. or "Libeccio-26" we are pleased to show you the same as follows;-

Cruising Yacht 26ft.Gennaker.
Luff=9.7M. Leech=8.5M  Foot=4.3M
Area=36m2 0.75 oz. Material;-Fleetwing nylon。
FOB HongKong=Radial cut=US$496.00
        Tri−radial cut=US$585.00
        Star cut=US$585.00
        Full radial cut=US$644.00
 
Sausage or socks ;-FOB Hong Kong=US$88.00
 

 February 23rd, 2007

SARAH BRIGHTMAN DIVA - The Single Collection.

街を歩いていたら、Sarah Bristman の歌声が聴こえてきた。ふと、立ち止まったら、そこには、色々な

輸入盤が陳列してあったので、早速買い求めた。

EMI Angel Recods 0946-3-73671-2-4 Yen2,500.

Today, we are very happy to show you to the Sarah Brightman’s World.
She is the one of our favourite soprano singers, “Sarah Brightman.”
Allow us to introduce to you her official website: http://www.sarah-brightman.com/ through which we hope you will enjoy her promotion videos which are so wonderful.
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サラ・ブライトマン(Sarah Brightman, 1960年8月14日 - )は、
イギリスのソプラノ歌手。
略歴
13歳の時にピカデリーシアターの「I and Albert」で劇場デビュー。
16歳でダンスグループの「バンズ・ピープル」の一員となる。
18歳の時に「サラ・ブライトマン・アンド・ザ・ホット・ゴシップ
(サラ・ブライトマン・アンド・ザ・スターシップ・トゥルーパーズに改名)」として全英チャート最高6位のヒットを放つ。
21歳で、ロンドンのミュージカル「キャッツ」のオリジナルキャストとしてジェミマ役で出演し、その後様々なミュージカルに出演。
1984年、23歳の時にアンドリュー・ロイド・ウェバーと結婚(1990年離婚)。
その後クラシック歌唱の練習を始め、
1986年開幕のロイド・ウェバーのミュージカル「オペラ座の怪人」のオリジナルキャストとしてクリスティーヌ役で出演し、一躍トップ歌手となる。
1991年にはNHK紅白歌合戦にゲスト出演し、オペラ座の怪人より「ミュージック・オブ・ザ・ナイト」を歌った。
1992年に行われたバルセロナオリンピックではスペインのオペラ歌手ホセ・カレーラスとのデュエットで同五輪のテーマソング『アミーゴス・パラ・シエンプレ - Amigos Para Siempre』を閉会式で見事に歌い上げ、
観衆からの拍手の嵐に包まれた。
アルバム『Dive』(1993年)よりフランク・ピーターソン(ブライトマンのボーイフレンドでもある)とのコラボレーションでソロ活動を専心する。
中でもアンドレア・ボチェッリとのデュエット「タイム・トゥ・セイ・グッバイ」は1500万枚以上のセールスを記録した。
日本では「ニュースステーション」のオープニングテーマ曲「サラバンド」、
トヨタ・マークXのCMソング、テレビ朝日のサッカー中継、
大韓航空機撃墜事件特集番組のテーマ曲「クエスチョン・オブ・オナー」でもおなじみ。 (以上ウィキペディアより抜粋)

February 22nd, 2007

今は、製造されていない様だが、ハワイや日本では、

かなり人気のある Prout Catamarans - Sirocco 26ft.

全長=7.93M 水線長=6.85M  幅=3.88M

喫水=0.68M 排水量=2,400kgs. 補機=船外機。

新造時の価額 約Yen13,600,000.

旋回性は、普通のヨットには劣るが、ミズスマシの様に、水面に浮かんで、安定性が高いし、双胴に跨った、広いキャビンが嬉しい。

この度、たまたま、このタイプのメインセールの見積もりをするチャンスに出会ったので、ご照会しよう。

6.4oz.Dacron − cross cut.

P=6M40  E=3M10

我がホンコンセールの場合、4フルバテン仕様で、

FOB.Japanで、US$543.00である。

(梱包の都合でフルバテンの支給はできませんので、

日本でお求め下さい。)

日本までのスピードポストの運賃は、凡そUS$90.−

どうです!?!、かなりエコノミーだとはお感じになられませんか?

 

 


 

 February 18th, 2007

      A Happy Chinese New Year, 2007.


 

 February 5th, 2007.

It is the Hatsu-uma Shinto Festival or "Hatsuuma" today.

The followings are the story about "Hatsuuma" in Japanese;

初午(はつうま)

今日“初午”といえば、年中で最も寒い時季に当り、時として節分の前にめぐり来ることすらあります。しかし古くは旧暦を用いていたので、節分前に“初午”が来ることはなく、もう少し春めいた頃(通常は2月下旬から3月中旬の間)にめぐってきたものでした。四季のうつろいを敏感にとらえ、その中に“もののあわれ”を見出した当時の人々は、“初午”にはこぞって稲荷社に詣でたものでした。

今からおよそ900年近く前、平安時代もいよいよその華やかさを増してきた頃のこと。当時の下級役人であった茨田重方という近衛舎人が、数人の仲間と共に手作りの弁当や好物の酒をもって、稲荷詣としゃれこんだことがありました。その日はちょうど2月初午の日で、春の陽気もたいへん快く感じられ、参詣者も例年より多く、社頭は雑踏を極めていました。

彼等が、下ノ社の参詣を済ませ、山へ入ったところに鎮まる中ノ社の近くにさしかかると、多数行き交う人々の中に、たいそうめかしこみ美しい衣裳で着かざった、見るからになまめかしい婦人に出逢いました。重方たちが横柄に参道を歩いているので、その婦人は木立ちに身をひそめて、彼等が通りすぎるのを見送ろうとしました。しかし彼等は下級役人の気安さと、常日頃から宮廷で婦人達とよもやま話をすることにもなれているので、少々気どった婦人に対してでも口を切りだす方法は心得ており、中でも重方は性来の好色癖から、仲間の舎人がひやかし半分に笠の下からのぞき込んだり、軽口をたたきながら通りすぎたのに、彼一人は婦人の間近に寄って、神社の境内も、多数の参詣者もはばからずに口説きはじめたのです。

けれども、そうは簡単に重方の口車にのってくるような婦人ではなかったようで、

「奥様のおられる方が、行きずりにおっしゃることなどどうして本気にできましょう」

と答えたのですが、その声は男心を動かさずにはおかないような、艶やかな響きを持っていました。

「ええ、確かにつまらない妻はおります。しかしその顔はサルのようで、心は卑しい女そのものなのです。そのためにいつも別れようとは思っているのですが、そうすればたちまち着物のほころびを縫ってくれる者がいなくなるのを、ついつい不便に思いながら日を重ねているのです。ですから心がふれあう人に出逢ったなら、ぜひ早々にそちらに移ろうと思っていたのです」

「ざれ言をおっしゃいますな」

「いいえ、ご社頭で嘘いつわりがどうして言えましょう。年来思い続けてこのお社にお参りしていたのですが、ついに大神様のお聞き入れくださるところとなったものとたいへんうれしく思っているところです。ところで、貴女は今一人でお住まいですか。そのお住まいをぜひお聞かせ願いたいものです」

「今はこれといって定まった殿御はありません。かつて宮廷に仕えたこともありましたが、それを止める人ができたので宮仕えをやめましたものの、その人はいつの間にか田舎に引きこもって通って来なくなり、ここ2、3年は、私を見初めてくれる人ができるようにと願って、今日もこの稲荷のお社にお参りしたようなわけです。本当に私のことを心憎からず想ってくださるのなら、住まいをお教えしたいような気持ちになってしまいます。それにしても、行きずりの人がおっしゃることに、つい乗気になりかけたりしてはしたない。どうぞお気に留めずにお行きください」

婦人はいかにも決心したかのような調子で行き過ぎようとしたのであるが、重方はもうひと押しとばかり、その婦人の胸元に烏帽子をさしあてんばかりに、

「ああ、稲荷大神様お助けください。そのようなわびしいことをお聞かせくださるな。これから貴女のお供をしてわが家には一切足を踏み入れません」

ところが。まるで念ずるような姿をしている重方の髻(もとどり)を、烏帽子ごしにこの婦人がしっかりと握って、山が響くばかりに彼の頬に平手打ちをくわせたのです。重方は、一瞬その意味を理解できず、ふと婦人の顔を下からのぞき込むと、なんとこれがサルのような顔であるはずの重方の妻であった……という話。

これは『今昔物語』(28)に書かれている話で、茨田重方という人物は実在の人ですが、ここに物語られている重方と同一人物であるか否かは確かめることができません。“初午”には老いも若きも、男も女もめかしこんで稲荷詣をした様子が、目のあたりにするように、雑踏の様子が聞こえるかのように、淡々とした表現ながら生き生きと描き出されています。

当時の皇后・藤原定子[長保2年(1000)崩御]のそば近く仕え、才媛の誉れ高かった清少納言は、有名な『枕草子』の中で、初午詣をした時のことを次のように記しています。

「2月午の日の暁に、稲荷の社に詣で、中ノ社のあたりにさしかかるともう苦しくて、なんとか上ノ社までお参りしたいものだと念じながら登っていくと、もはや巳の時(午前10時頃)ばかりになり、暑くさえ感じられるようになってきて、涙をこぼしたいほどわびしい思いをしつつ休息していると、40余りになる普段着の婦人が、“私は今日7度参りをするつもりです。もう3回巡りましたからあと4回くらいは何でもありませんよ”と、往き会った知人らしい人に告げてさっさと行くのをながめては、誠にうらやましく思ったものである」

先の『今昔物語』でも、この『枕草子』でも、中ノ社は下ノ社より相当山に入ったところに鎮まっていたことがうかがえ、まして上ノ社までの参詣は、清少納言のように宮廷の奥深く仕えた女房には、稲荷詣が“初午”の頃であっても汗が出るほどの苦労であったことがわかります。

有名な歴史書『大鏡』の中にも、年老いた「世継」という人物が、子供の頃の元慶8年(884)光孝天皇践祚の日に洛中から父にお伴して稲荷社に参詣し、その日のうちに帰れないほど疲れた思い出を語るくだりがあります。

きさらぎの3日、はつむま(初午)といへど、甲午最吉日、つねよりも世こぞりて稲荷詣にののしりしかば、ちち(父)のまう(詣)ではべ(侍)りしとも(伴)にしたいまいりて、さは申せど、こう(困)じて、その日のうちにげこう(下向)つかまつらざりしかば、ちちやがて、そのみ社の禰宜の大夫がうしろみつかうまつりて、いとうるさくて候しやどりまかりて一夜は宿して、またの日かへ(帰)り侍し。

このように、初午詣には、平安時代の初期から老若男女がうち連れて群参した様子がうかがえます。『今昔物語』の茨田重方のように、物見遊山的な気分で参詣する者もいたでしょうが、“初午”の日には、『枕草子』に描かれた市井の婦人のように七度も登拝をするという熱烈な信仰が、当時すでにあったようです。

 

(平安時代の上流階級)

(鹿児島神宮の初午祭)


 

 Janauary 31st, 2007.

I  just found a very small photo of my wife, Reiko and her good friend, Yohko when they were very young at Takayu Skiing ground really on January 1st, 1960.  Now it is the year of 2007. Then, I  have given the same a computer technique with jpeg filing as per the following photo;  You can see that they wear a identical sweater in light pink with black stripes, such a good looking fashion of which is come to be introduced on TV news without delay. Of course, the design was made by Reiko and Yohko. So, they have still been very, very proud of it.

高湯温泉は昔は信夫高湯と呼ばれ、奥州三高湯のひとつに数えられてきた。因みにあとの二つとは蔵王高湯、白布高湯を差している。
 10ヶ所ほどある自噴源泉は、自然の落差を利用して引き湯され、高湯地区の各温泉宿などで利用されている。全ての宿が掛け流しで使っていることを誇りにしている、そんな自然味溢れる素晴しい温泉地である。
 薬効の素晴しさでも知られており、昭和8年に海軍病院神林博士が高湯こそ全国一の効能温泉であるとラジオを通じて紹介したことが記録に残されているそうである。


 

Janauary 19th, 2007.

 

 

 

 平成19年1月19日私は、京都左京区にある「吉田神社」に参詣いたして参りました
神事(かみごと)には、「序で参り」は、完全にご法度と、古来より言い伝えられて居りますので、往きは、東京駅9:03発の「のぞみ号」で京都駅からは、地下鉄を三回乗り継ぎ、出町柳駅からは、鴨川を右に見ながら一条通りを左折、徒歩20分、真っ直ぐ大文字山を目当てに京都大学のキャンパスを左右に見ながら、「吉田山」に直行。吉田神社の社務所に丁度12時半頃に到着。午後二時半、参拝を済ませてからは、勿論、寄り道せずにもと来た道を京都駅に到着、直ちに、15:26発の「のぞみ号」に乗車、家路に着いたのでした。
 
吉田神社は、平安時代中期の859年 (清和天皇の御代、石清水八幡宮ご創建の前年)、中納言の藤原山蔭により奈良の春日大社の御分社として、アメノコヤネノミコトの直系の子孫・藤原氏の
氏神として、平安京の鎮守神として祀られ、官幣社の一つにもなりました。
 
 戦国時代には、

斎場所大元宮が建てられ、延喜式の日本の全ての神様(約3100)が祀られているそうです
 
吉田山の境内には、10以上の末社がお祀りされています。

 安土桃山時代、戦国時代、徳川時代には、織田信長、豊臣秀吉、
徳川家康等の信仰が厚かった。と言われています。世に言う処の「山蔭神道」は、
ここで誕生したと言われています。
 
吉田神社境内には幾つかのお社があり、境内の右手小高い処にある
本殿・斎場所大元宮(重要文化財)のお造りは、八角の漆塗りのお堂に八面茅葺のお屋根と言う、
世に二つとない形のお社です。ここには、日本の全ての神々がお祀りされて居ります。
私は、神官のお導きにより、その大元宮の拝殿から神殿に進み、心静にお
参りさせて戴きました。
 神官が奏上する「天照大神の御言葉」そして「大祓の祝詞」は、心の奥まで染渡りました。
本日のご祈祷のお守札は、今月末にご郵送くださる由を承りました。
 人はみな、あらゆる雑念を思い、自分勝手な推理推察をなすが故に、
よからぬ霊力が身に纏いつき、不吉な運命に苦慮する様になる。心清く保ち、正しく大神様に
心を合わせて、何事も感謝の心で日々を過ごすことこそが、神の子人間としての正しい道であると、
改めて悟らせていただきました。
末社の山蔭神社には、吉田神社の創始者の藤原山蔭がお祀りされています。

包丁の神、料理・飲食の祖神として信仰されています。
藤原山蔭は、日本のあらゆる食物を始めて調理した人だそうです。

 

 

 


Janauary 18th, 2007

Blue water cruising workshop viz. "Aoken"

New Year Party, 2007.

 

 

 

 

 

 

 

]

We are sure there is no need to put any explanation upon the above photos.

 


 

Janauary 15th, 2007

Aoken の 「新年会」のお知らせが、

青木さんから参りましたので、

に添付、お知らせ致します。

◆◆◆第29回勉強会のお知らせ◆◆◆
     【Blue water cruising workshop ・略称 Aoken】
■日時:2007年1月18日(木)19:00〜21:00頃

テーマ:未定ですが、年間スケジュール、テーマを皆で考えましょう・・・・
新年のお年玉CDを参加者に実費で配布致します、内容は当日のお楽しみ!!?
(コピー料金の実費は1000円位です、澤伸太郎君が現在コピーしております)


開催場所:東京都港区南麻布5-2-3 第32興和ビル4階
日本ステールケース(株) 会議室 (4階正面入り口より左手奥です)
?03-3448-9803  www.steelcase.co.jp
     Special Thanks  to Mr Anthony Dowling & Naoko Iwata san


■開催場所までの交通機関、順路
営団地下鉄 日比谷線 広尾駅下車(六本木寄り改札口No3が便利です)
階段を上って右折、外苑東通りを西麻布交差点方向へ向かって右側
徒歩2分”ジョナサン隣第32興和ビル4F”です、1Fはランボルギーニのショールームです。
参加費用:\4000- (和食のお弁当&Beer ,Wine)

■お申込について:ケーターリング料理予約の為1/17(水)迄にお申込下さい。
当日飛び入り参加及び初めての方も大歓迎致します。

 


 

 

Janauary 1st, 2007.

A Happy New Year, 2007.

 


 

December 31st, 2006.

 

       Dear Our Friends;

 

                         December 29th, 2006.

A following information about "Hogmanay - Informal Gethering " came to

our hand on Dec. 28, 2006 at 1;54p.m. from The St. Andrew Society of

Tokyo and Yokohama:-

We are pleased to convey it to our friendly ladies and gentlemen.

Informal Gathering for Hogmanay at the Hobgoblin, Roppongi

The St Andrew Society will be holding an informal gathering at Hobgoblin,

Roppongi, on Hogmanay,


Sunday 31 December. 

 

Join us from 9pm till very late for a traditional Hogmanay celebration

featuring plenty of your


Scottish party tunes, a fine selection of malts, and of course piping to

 

welcome in the New Year

 

No entrance fee, simply pay for food and drink at the bar and party kilts

will of course be very welcome.


Events coordinator.

 



 

December 26th to January 6th.

 

 


 

 December 25th, 2006.

A Merry Christmas to Everybody !


 

 December 15th,2006.

The Christmas Eve will soon come and it is certainly

sure that everybody is spending and making much merry.

We wish you a Merry Christmas !

Let us show you our fine and lovely lady hereunder

whose heart really looks like throbbing with a full of

 

 joy for herself;

at Gohra Park in Mt. Hakone.

 

 She is a musician.

May God Be With Her, Always !


 

December 12th, 2006.

Twelve Stars of Mary.

Do you know "the Twelve Days of Christmas"?

May you spend the Holy Twelve Days of Christmas !

The days are from Dec. 26th to Jan. 6th, next year.

They are all twelve days which are so called

after the Holy Twelves or

the Apostles.

 

http://www.crivoice.org/cy12days.html

 


 

December 1st, 2006.  

Merry Christmas !

You may click upon the following Christmas card.

Then, you will come in the site of

"Bing Crosby Original White Christmas Performance."

We hope you will like it.

 

 

 

 

 

at Portsmouth

 


 

November 23rd, 2006

Happy Thanksgiving